乗車する前に「この車は禁煙車ですがよろしいでしょうか」と必ず声をかけるよう指導していたのですが、無視して乗り込んできてわざと「俺は吸いたいんだ」とスパスパ煙草を吸ったり、灰皿のないことが分かると灰を車内にまき散らしたり、吸い殻を落としていったり、それはそれはいろいろなことがありました。
そういった嫌がらせの後に、乗務員が一生懸命窓を開けて換気したのに、次に乗ったお客様に「何よ、禁煙車というから乗ったのに、この車たばこ臭いじゃないの!」と怒られ、降りられてしまったこともありました。
また「お前が吸え」と乗務員がお客様から喫煙を強制されたこともありました。ひどい時にはドアを思いっきり蹴飛ばされて、ドアがベコンと凹んだこともありました。この時は、幸いなことに見ていた人がたくさんいたので、警官を呼んで、現行犯で捕まえてもらいました。
乗務員がこういった苦労をしながらも、大森交通の禁煙タクシーがスタートしていったのです。
1987年まで、全てのタクシー車内で、運転手や乗客の喫煙が当たり前でした。
非喫煙者の運転手と乗客も受動喫煙やタバコの残臭がすることはタクシー車内では普通の光景でした。
安井さんという個人タクシー事業者が受動喫煙防止の観点から禁煙タクシーを初めて走らせました。
当時、禁煙タクシーを始めるには、行政に医師の診断書の提出することが必要だったほか、屋根上に1メートル程ある大きな禁煙車表示灯が義務付けられていました。
WHO(世界保健機構)が5月31日を世界禁煙デーと決議しました。
当時の厚生省が「たばこ行動計画検討会報告書」を発表しました。
公共の場所での受動喫煙防止を目指した内容でした。
ANA、JALが国際線、国際線での全面禁煙と発表。
大森交通は法人タクシーで初めて、運送約款に「当社の禁煙車両では喫煙を控えていただくこと、またお客様が当社の禁煙車両内で喫煙し、又は喫煙しようとする場合、乗務員が中止を求めることが出来ること、お客様がこの求めに応じない時は、運送の引き受けまたは継続を拒絶することがある」旨明記。
つまり大森交通の禁煙車両では、乗務員が喫煙しようとするお客様をお断りしても、乗車拒否にはならないという完全禁煙タクシーをスタートさせました。
この条項を盛り込んだのは、いずれ禁煙の時代が来るという、漠然とした感覚からでした。
この時は保有車両の一部からスタートしました。
健康増進法施行、公共の場における禁煙化が徐々に進行
関東私鉄、駅構内完全禁煙化
2004年5月31日の世界禁煙デーのあと、グループ内の分煙を会社単位で考えたものの、大森交通はまだ全車が禁煙車になった訳ではありませんでした。
創立丸5年が過ぎて会社が一つの節目を迎えたときに、会社自体をステップアップさせ、保有車両全てを禁煙タクシーにすることにしました。日本全国を見渡しても全ての車両を完全な禁煙タクシーにしていたところはありませんでした。
7月1日朝10時に全社一斉に禁煙タクシーを出庫させるため、出庫式を行うこととし、30日帰庫後洗車オゾン、灰皿撤去、禁煙車表示等設置、禁煙シール張りなどして、工場の整備士たちが懸命に白塗りタクシーを禁煙車に作り替えてくれました。
安井幸一氏ら26名の原告が東京地方裁判所に、タクシー車内の全面禁煙化を目指し受動喫煙被害を訴えて、国(国土交通省、厚生労働省)を被告とする国家賠償請求事件を提訴しました。
2005年、請求棄却で原告敗訴。
各都道府県のタクシー協会の指導もあり、全面禁煙は、まず2007年の6月に大分県で始まり、その後、禁煙タクシーの届け出が各都道府県の会社から相次ぎました。
乗務員も、お客さまも禁煙するタクシーが常識となりました。
JR九州が在来線車両を完全禁煙化
JR東日本が首都圏約200駅を禁煙化
そして、乗務員が吸わない、お客さまも吸わない禁煙タクシーは常識となりました。
なぜ大森交通は、法人事業者で初めて禁煙タクシーを始めたのか。
タクシー車内における喫煙をなぜ禁ずるかについては、乗務員が禁煙することの効果とお客様が禁煙することの効果の二面性があります。
乗務員が禁煙することは、お客様に不快感を与えないことが、業界が勧める大きな理由です。これはサービスの向上という意味を持ちます。
しかしながら、大森交通では乗務員がお客様を安全に輸送する義務を負っていることを第一に挙げます。というのも、喫煙によって引き起こされる様々な症状が、お客様を輸送している最中に起きたなら、安全が保障されないからです。
そして禁煙していればその確率は低いのですが、喫煙していると危険性の確率は非常に高くなります。そのことを乗務員には自覚して欲しいのです。肉体労働であるからには、資本である自身の体を仕事に耐えうるよう維持するのは、当然の責任です。ただ、どうしたら最善の状態を維持出来るのか、乗務員は理解していないのです。喫煙がどのような害をもたらすのか、分かっていませんし、その害が自身の仕事にどう影響しているのかも知りません。厳しくはそこまでのプロ意識が欠如しているといういい方もできるでしょうが、今ある自分の状態で最善の仕事をするのが働くということと、長い間捉えられてきたことも確かです。
ですから、お客様が禁煙することは、乗務員が自分を安全に運んでくれるよう条件を整えるのに協力することでもあるのです。
いずれにせよ、難しく考えなくとも、タクシー内での喫煙は、手品でよくやるように箱の中に煙草の煙を思いっきり送り込んだのと同じ状態と考えたら、そして煙草の煙が有害であることを認識しているなら、非常に恐いものである事は十分理解出来ると思います。
煙草がなぜいけないか、煙草の煙がどんなに有害か、ほとんどの乗務員は正しい知識を持っていません。中には自分が煙草が好きで、あるいは好きでなくとも止められなくて、有害さを知りたくない人もいるでしょう。でも、タクシー車内という閉鎖された空間での喫煙の害が、普通の喫煙の害の何倍にもなっていることは、どうしても知って欲しかったのです。と同時に、大森交通にできることは、乗務員が気持ちよく働ける環境を整えることだとも感じていました。
今後も健康を大切にした真の意味での快適さをもっと追求していこうと考えています。
乗務員の健康を守り、お客さまを安全に目的地にお連れすること、それが禁煙タクシーの目的です。






